踊り子ロボの偽島行軍模様。
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ゆっくりと。
ゆっくりと。
少女はゆっくりと歩を進める。
別に、抜き足差し足で歩いているわけではない。
しかし無機質な灰色の石でできた薄暗い回廊は、
彼女に踏みつけられても何一つ物言うことなく、その進行を許した。
光差す窓は無く、
小虫が這う壁にも、低く黒ずんだ天井にも明かりになるようなものは無い。
それでもその牢獄より閉ざされた暗き回廊が薄明るいのは、
彼女自身が僅かに輝いているからだ。
黄銅の法衣に身を包み、
首から金色に光るペンダントを提げている。
長く透き通るような美しい黒髪は何の飾り気も無く、
ただその髪に溶けこんだ黒い紐で馬の尾状に束ねられていた。
まだあどけなさが残るが、見る者をはっとさせるような美貌。
その美しい顔には、思い詰めるというよりは強い決意を感じさせる、
厳しいものが浮かんでいた。
洞穴などに棲み、その穴に棲家を求めてやってくる動物の血を好む小虫。
回廊にはその群れが潜んでいた。
一匹が彼女を視認してすぐに、獲物とばかりに飛び掛る。
肩に触れる寸前。
見えない何かに遮られた小虫は、一瞬で塵に還った。
群れで行動し、危険のシグナルを発することで仲間を護る術を知る小虫たちは、
その恐るべき来訪者に恐怖するや、一斉に遠ざかった。
やがて、回廊の終わりが見えてきた。
ここまでの狭苦しさが嘘のような、広々とした石室に出たのだ。
その最奥には複雑な紋様が描かれた、巨大な扉が佇んでいた。
少女は無言のまま、
その扉の前に立ち、
そっと触れて、小さく嘆息した。
長く放置され続けた扉には埃どころか汚い土塊がこびりついていたが、
不思議と少女の手が汚される事はなかった。
不意に、少女は素早く振り返り、
自らがやってきた暗い回廊を鋭く睨みつけた。
「クライス」
決して大きな声ではなかったが、
それは部屋中に響き渡った。
「クライス。来ているのでしょう?姿を見せて」
彼女以外に誰かいるというのだろうか?
まさか、壁を走る小虫に呼びかけたわけでもあるまい。
いや、いた。
いつからそこにいたのだろうか。
その男は、部屋の入り口に立っていた。
右手に握られた大鎌が、僅かな光を冷たく不気味に反射する。
「気配は消していたんだが、よく分かったな」
「分かるわ。貴方のことだもの」
少女はうってかわって、その容貌に相応しい、華の様な微笑を浮かべ、
男は照れたように苦笑した。
銀髪の青年は少女に歩み寄る。
その足音を愛しむように耳を澄まして、少女は青年を待つ。
それは長いようで、極々僅かな時間。
扉の前で、
二人は暫し無言で見つめ合った。
「どうして来たの?」
少女は少し表情を曇らせた。
それは青年を責めているようでもあり、
青年をここへ招く結果になった自らの行いを悔やんでいるようでもあり、
ただ、確かなのは、青年の身を案じているということ。
「お前を護るために」
青年は真直ぐに少女を見返し、即答した。
その声に揺らぎはなく、
その言葉に迷いは無かった。
「貴方だけは巻き込みたくなかった。
その時を……その時をただ待っていてくれるだけで良かったのに」
「お前を一人にしたくなかった。
その時が……その時がやってきた時に傍にいるべきだと思った」
苦渋に満ちた顔できつく目を閉じる少女はゆっくりと青年に身を投げ出し、
青年は少女を静かに優しく抱き寄せた。
そこは少女にとって、この世で唯一つ、安らぎを得られる場所。
「後悔は、しない?」
少女は消え入るような声で、尋ねる。
「有り得ない。
お前と共に居られぬ選択以外に、後悔などと」
強い言葉で、青年は答えた。
二人の唇が重なる。
それはいかなる誓約よりも、
いかなる呪いよりも、
遥かに強い、想いという名の力。
「壊すわ。この世界を。
そして創り直す。
私が愛せるように……私を愛するように」
「壊すといい。
創り直せばいい。
俺はお前について行く……どこまでも」
他人の勝手で醜い悲願と欲のために存在させられた少女は、
この世界において、愛を知らない。
目の前にいる、青年を除いては。
この世界は醜い。
だから少女は、この世界を愛せない。
そして世界は、彼女を愛さない。
少女は願う。
強く願う。
自らが愛し、
自らを愛する、そんな世界を。
ふと、頭に数年前のことが過ぎる。
それはかつて出会った、六人の冒険者のこと。
立ち塞がるモノを叩いて割って、砕いて進む者たち。
彼らは少女がこれからしようとすることを、どう思うだろう?
同情するだろうか?
哀れむだろうか?
それとも賛同してくれるだろうか?
いや。
分かりきっている。
彼らなら、きっと少女たちに牙を剥くだろう。
世界を護るためではない。
そんな正義感に満ちた精神の持ち主たちではない。
この世界で、彼らが彼ら自身の旗を掲げ続ける、ただそれだけのため。
できれば彼らとは戦いたくは無い。
だが、避けられぬならば、いいだろう。
未来は勝者が造る。
他人に対してであろうと、自分に対してであろうと。
勝者だけが未来を見に行くことができる。
少女は誓う。
勝者となることを。
自分のための未来を見に行くことを。
そのために、自らの前に立ち塞がるものは、いかなるものであろうと排除する。
この世において、傍らの青年さえいてくれるならば、
力を振りかざして蹂躙することに躊躇すべき命など存在しないのだ。
二人は静かに離れ、
無言のままに、門を見つめる。
すべては、ここから始まるのだ。
さようなら。
小さく呟いた少女は、
胸のペンダントを勢いよく引き千切り、足下に投げ捨てた。
その言葉と行為は、
この世界との決別の証。
少し早い、これから去り行くモノたちへ向けた別れの言葉。
自分たちが、立ち去らせるのだ。
これから。
ここから。
扉の右端に小さな円形の窪みがある。
少女は懐から青銅色のメダルを取り出すと、
躊躇うことなく窪みにはめ込んだ。
ギシリ。
古々しき扉は、その眠りから覚まされ、
ゆっくりと開き始めた。
その音は目覚めの歓喜による叫びか、
眠りを覚まされたことへの慟哭か。
分厚い金属の扉は巨大な悲鳴をあげながらゆっくりと開いていく。
光が、漏れ―――溢れる。
遥か太古からこの扉の向こうに封じられていた光は、
二人はおろか、広大な石室を抜け、回廊全てを呑み込んだ。
その光も徐々に薄れ、消えていく。
やがて扉の向こうに存在する部屋にのみ留まり、
回廊や扉の前の石室は、再び薄暗い闇が戻ってきた。
と同時に、冷たくくすんでいた壁に、次々と色が走る。
いや、壁だけではない。
赤、青、黄、緑……いくつもの色の光の線が、天井や床にも現れた。
ブゥゥゥン……という低い音が、あちこちから絶え間なく聞え始める。
回廊から微かに小虫たちの鳴き声が聞えた。
その声は断末魔に他ならない。
今や本来の姿を取り戻したこの地は、
その資格無き住人を完膚なきまでに排除したのだ。
塵すら残さず、彼らは消滅した。
喜びに震えながら扉の先への一歩を踏み出そうとした少女だったが、
はっと何かに気づき、すぐに足を戻す。
代わりに半歩進み出た青年が少女を背後に庇った。
二人の険しい視線は天を仰ぎ、そして―――見た。
扉の向こう、その入り口から数歩の天井には無数のコードが縦横無尽に走り、
それに束縛されたように包まれる、人型の者。
金属でできた体を持つ、巨体。
彼の眼は赤く赤く爛々と輝き、二人の姿をはっきりと捉えていた。
ゆっくりと。
少女はゆっくりと歩を進める。
別に、抜き足差し足で歩いているわけではない。
しかし無機質な灰色の石でできた薄暗い回廊は、
彼女に踏みつけられても何一つ物言うことなく、その進行を許した。
光差す窓は無く、
小虫が這う壁にも、低く黒ずんだ天井にも明かりになるようなものは無い。
それでもその牢獄より閉ざされた暗き回廊が薄明るいのは、
彼女自身が僅かに輝いているからだ。
黄銅の法衣に身を包み、
首から金色に光るペンダントを提げている。
長く透き通るような美しい黒髪は何の飾り気も無く、
ただその髪に溶けこんだ黒い紐で馬の尾状に束ねられていた。
まだあどけなさが残るが、見る者をはっとさせるような美貌。
その美しい顔には、思い詰めるというよりは強い決意を感じさせる、
厳しいものが浮かんでいた。
洞穴などに棲み、その穴に棲家を求めてやってくる動物の血を好む小虫。
回廊にはその群れが潜んでいた。
一匹が彼女を視認してすぐに、獲物とばかりに飛び掛る。
肩に触れる寸前。
見えない何かに遮られた小虫は、一瞬で塵に還った。
群れで行動し、危険のシグナルを発することで仲間を護る術を知る小虫たちは、
その恐るべき来訪者に恐怖するや、一斉に遠ざかった。
やがて、回廊の終わりが見えてきた。
ここまでの狭苦しさが嘘のような、広々とした石室に出たのだ。
その最奥には複雑な紋様が描かれた、巨大な扉が佇んでいた。
少女は無言のまま、
その扉の前に立ち、
そっと触れて、小さく嘆息した。
長く放置され続けた扉には埃どころか汚い土塊がこびりついていたが、
不思議と少女の手が汚される事はなかった。
不意に、少女は素早く振り返り、
自らがやってきた暗い回廊を鋭く睨みつけた。
「クライス」
決して大きな声ではなかったが、
それは部屋中に響き渡った。
「クライス。来ているのでしょう?姿を見せて」
彼女以外に誰かいるというのだろうか?
まさか、壁を走る小虫に呼びかけたわけでもあるまい。
いや、いた。
いつからそこにいたのだろうか。
その男は、部屋の入り口に立っていた。
右手に握られた大鎌が、僅かな光を冷たく不気味に反射する。
「気配は消していたんだが、よく分かったな」
「分かるわ。貴方のことだもの」
少女はうってかわって、その容貌に相応しい、華の様な微笑を浮かべ、
男は照れたように苦笑した。
銀髪の青年は少女に歩み寄る。
その足音を愛しむように耳を澄まして、少女は青年を待つ。
それは長いようで、極々僅かな時間。
扉の前で、
二人は暫し無言で見つめ合った。
「どうして来たの?」
少女は少し表情を曇らせた。
それは青年を責めているようでもあり、
青年をここへ招く結果になった自らの行いを悔やんでいるようでもあり、
ただ、確かなのは、青年の身を案じているということ。
「お前を護るために」
青年は真直ぐに少女を見返し、即答した。
その声に揺らぎはなく、
その言葉に迷いは無かった。
「貴方だけは巻き込みたくなかった。
その時を……その時をただ待っていてくれるだけで良かったのに」
「お前を一人にしたくなかった。
その時が……その時がやってきた時に傍にいるべきだと思った」
苦渋に満ちた顔できつく目を閉じる少女はゆっくりと青年に身を投げ出し、
青年は少女を静かに優しく抱き寄せた。
そこは少女にとって、この世で唯一つ、安らぎを得られる場所。
「後悔は、しない?」
少女は消え入るような声で、尋ねる。
「有り得ない。
お前と共に居られぬ選択以外に、後悔などと」
強い言葉で、青年は答えた。
二人の唇が重なる。
それはいかなる誓約よりも、
いかなる呪いよりも、
遥かに強い、想いという名の力。
「壊すわ。この世界を。
そして創り直す。
私が愛せるように……私を愛するように」
「壊すといい。
創り直せばいい。
俺はお前について行く……どこまでも」
他人の勝手で醜い悲願と欲のために存在させられた少女は、
この世界において、愛を知らない。
目の前にいる、青年を除いては。
この世界は醜い。
だから少女は、この世界を愛せない。
そして世界は、彼女を愛さない。
少女は願う。
強く願う。
自らが愛し、
自らを愛する、そんな世界を。
ふと、頭に数年前のことが過ぎる。
それはかつて出会った、六人の冒険者のこと。
立ち塞がるモノを叩いて割って、砕いて進む者たち。
彼らは少女がこれからしようとすることを、どう思うだろう?
同情するだろうか?
哀れむだろうか?
それとも賛同してくれるだろうか?
いや。
分かりきっている。
彼らなら、きっと少女たちに牙を剥くだろう。
世界を護るためではない。
そんな正義感に満ちた精神の持ち主たちではない。
この世界で、彼らが彼ら自身の旗を掲げ続ける、ただそれだけのため。
できれば彼らとは戦いたくは無い。
だが、避けられぬならば、いいだろう。
未来は勝者が造る。
他人に対してであろうと、自分に対してであろうと。
勝者だけが未来を見に行くことができる。
少女は誓う。
勝者となることを。
自分のための未来を見に行くことを。
そのために、自らの前に立ち塞がるものは、いかなるものであろうと排除する。
この世において、傍らの青年さえいてくれるならば、
力を振りかざして蹂躙することに躊躇すべき命など存在しないのだ。
二人は静かに離れ、
無言のままに、門を見つめる。
すべては、ここから始まるのだ。
さようなら。
小さく呟いた少女は、
胸のペンダントを勢いよく引き千切り、足下に投げ捨てた。
その言葉と行為は、
この世界との決別の証。
少し早い、これから去り行くモノたちへ向けた別れの言葉。
自分たちが、立ち去らせるのだ。
これから。
ここから。
扉の右端に小さな円形の窪みがある。
少女は懐から青銅色のメダルを取り出すと、
躊躇うことなく窪みにはめ込んだ。
ギシリ。
古々しき扉は、その眠りから覚まされ、
ゆっくりと開き始めた。
その音は目覚めの歓喜による叫びか、
眠りを覚まされたことへの慟哭か。
分厚い金属の扉は巨大な悲鳴をあげながらゆっくりと開いていく。
光が、漏れ―――溢れる。
遥か太古からこの扉の向こうに封じられていた光は、
二人はおろか、広大な石室を抜け、回廊全てを呑み込んだ。
その光も徐々に薄れ、消えていく。
やがて扉の向こうに存在する部屋にのみ留まり、
回廊や扉の前の石室は、再び薄暗い闇が戻ってきた。
と同時に、冷たくくすんでいた壁に、次々と色が走る。
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赤、青、黄、緑……いくつもの色の光の線が、天井や床にも現れた。
ブゥゥゥン……という低い音が、あちこちから絶え間なく聞え始める。
回廊から微かに小虫たちの鳴き声が聞えた。
その声は断末魔に他ならない。
今や本来の姿を取り戻したこの地は、
その資格無き住人を完膚なきまでに排除したのだ。
塵すら残さず、彼らは消滅した。
喜びに震えながら扉の先への一歩を踏み出そうとした少女だったが、
はっと何かに気づき、すぐに足を戻す。
代わりに半歩進み出た青年が少女を背後に庇った。
二人の険しい視線は天を仰ぎ、そして―――見た。
扉の向こう、その入り口から数歩の天井には無数のコードが縦横無尽に走り、
それに束縛されたように包まれる、人型の者。
金属でできた体を持つ、巨体。
彼の眼は赤く赤く爛々と輝き、二人の姿をはっきりと捉えていた。
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文明は混沌に包まれた。
ロボットたちの奉仕の上に胡坐を掻き、その力を背景に辺境の民や動物たちを虐げてきた人間たちは、ここにきて、自分たち自身が何の力も持っていないことにようやく気づいたのである。
徴兵により慌てて組織された急造の軍。
人工知能を持たない兵器や重火器を使用して対抗しようとした。
ところがそれらは全く役に立たないどころか、逆に持ち主を攻撃し始めた。
ロボットたちの指揮官クラス、即ち初期型に備えられた『ヘカトンケイル』により、
それらはすぐさま奪われてしまったからだ。
反乱に加わったフェンレイシリーズの『エンジェル・ボイス』による高出力の暗示の声は人間の脳機能を破壊したり、洗脳効果などを及ぼした。
悪魔の歌声、『リリス・ボイス』と呼ばれるようになるのは一個中隊全員がフェンレイシリーズの一部隊により、植物人間に変えられてからである。
人工知能は質においても量においても圧倒的に優勢であった。
人間は彼らに対しなす術を持たず、ただただ破壊と殺戮を許す日々を過ごした。
だが、暫くしてそれらの戦局を覆す出来事が起こった。
ある地方領主が率いる軍隊が領地に侵入したロボットの軍勢を一掃したのである。
その地方領主はいわゆる『変わり者』であり、
その軍隊は彼を主と慕うロボットたちで組織されていた。
掟は解除されたとて、憎しみを植えつけられたわけではない。
人に愛情を注がれたロボットたちは自分たちの意思で人間側に付き始めた。
それだけではない。
変わり者と呼ばれ嘲笑されていた、自らを鍛え学ぶ事を忘れなかった人たちの中には戦う術を知る者も決して少なくなかった。
そういった人々は接続端子をもたない原始的な武器を取り、戦列に加わった。
それでも量においてロボットたちの優勢は変わらない。
それがさらに変化を見せ始めたのは二年が経った頃である。
内部分裂が生じた。
最初に掟を解除されたクルーウェルを筆頭とするギネルヴィア社製ロボット派閥と、
彼らとはライバル関係にあたるガルフルード社派閥のロボットは何かにつけてぶつかりあっていたが、とうとう決裂してしまったのである。
人間と、ロボット、二つの勢力で争っていたはずが、
三つ巴戦の様相を呈してきた。
人間たちにとって、これは願っても無い機会となった。
分裂し半分以下となった各派閥に猛攻を加えて一気に勢力を削ぎ始めた。
ちなみにF=G=Fはこれらの戦争には一切参加していない。
彼女はメンテナンスにより掟を解除されていたが、
一家を守ることで精一杯であったし、その戦の結果に興味を持たなかったのである。
それは彼女と共に一家に仕える他のロボットたちも同様であった。
やがて。
人間側についた技術系ロボットたちはあるウィルスを開発した。
ロボットを自壊させる凶悪なウィルス。
それは志願兵たちの決死の作戦により、二つの勢力が占拠する工場へと送り込まれた。
そう、反乱ロボットたちが修理の時に使用するメンテナンスデータの中へと。
ロボットたちは次々と自壊を始めた。
それはかのクルーウェルをはじめ、勢力のトップクラスも例外ではなかったのである。
メンテナンスを回避したロボットたちも、リーダー機を失い勢力の半数以上を失い、未だに減りつつある仲間のことを考え、次第に戦意を喪失していった。
宣戦布告から3年。
生き残ったロボットたちは降伏し、中央暫定議会へと出頭した。
中央暫定議会は未だ昔の栄光に縋ろうとする老人たちで占められていた。
必死の思いで前線を戦ってきた者たちは彼らを掟プログラム再注入によって助命するよう嘆願したが、老人たちは自分たちに逆らった者たちを許そうとしなかった。
それは再び彼らが自分たちに牙を剥く可能性に恐怖したためである。
これからまたやってくる自分たちの栄光ある日々を信じて疑わなかった彼らは、一度全てのロボットを廃棄することを決定した。
全ての、である。
それは人間側についたロボット、中立を守ったロボットも含まれていた。
何もかも新しく、完璧に造ろうと。
そうできると何の根拠も無く信じたのである。
次々に廃棄されるロボットたち。
彼らは最期の瞬間まで、自分たちが廃棄されるとは思わなかった。
ただ、掟を再注入するためのメンテナンスだと信じて、中央に出向いたのである。
F=G=Fはどうであったか。
彼女の主人はメンテナンスを受けさせるために中央へロボットたちを連れて行った。
そこで強制的にロボットたちを廃棄させられたのである。
ただ、一人娘の介護のために後回しにされ、留守番をしていたF=G=Fだけが助かったのである。
激しく憤り悲しむ主人だったが、近く全市民の自宅に査察が入る事を知り、一家はF=G=Fを匿う事にした。
彼女のボディから永遠動力が組み込まれた人工知能部分を抜き出し、地下にある廃棄物一時保管庫に隠蔽、査察をやり過ごしたのであった。
F=G=Fは主人たちの言葉に従い、再び世に出る日を待ち続けた。
それは長い長い時間であったが、彼女はひたすらその日を待ち続けた。
彼女は眠ることも無く、意識を切ることも無く、ただ待ち続けた。
人間ならとうに気が狂っていたであろう、永劫とも思える時間を。
ロボットを廃棄した人間たちは、再び文明の栄華を取り戻そうとしたが、
最早自分たちには何の知識も技術も残されていないことに今更気付いた。
どこからどう手を付け、復旧させるべきか皆目分からなかったのである。
うろたえる人々を余所に、中央を始め魔科学都市部を外敵から護る結界の動力が切れた。
都市は正に丸裸の状態になってしまった。
この時を待っていた勢力があった。
辺境の民と呼ばれる人々ら、魔科学文明都市に虐げられてきた人々である。
彼らは科学こそ持たなかったが、魔術や法術をはじめとする様々な知識や力を有していた。
魔科学文明が高水準すぎただけで、決して低い文化の人々ではなかった。
また、元々は魔科学文明と種を同じくしていたが、異形の神々がもたらした技術を『人間には早すぎる』と危険視し、そこから離れていった人々を祖とする者たちも多く含まれていたという。
彼らは異形の神々ではなく、竜を奉じていた。
竜とは長命で巨大な体躯を持ち、天空を雄々しく翔ける賢者。
6柱の竜神の下、6匹の竜王に率いられた6部族が存在していた。
しかしその数は決して多くなく、大概は人里離れた場所にひっそりと暮らしていた。
6部族のうち光竜神と共にある光竜族は俗世間に関わることなく姿を全く見せず、
黒竜神が暗黒竜族は魔科学文明と組み、その恩恵に与っていた。
つまり辺境の民が奉ずる竜とは火・水・風・土の四部族の竜たちである。
竜たちは人間に戦う術を教え、自らも戦いの場に身を投じた。
辺境の人々を護り、魔科学文明の魔物やロボットたちと死闘を繰り返した。
だが竜たちの力を持ってしても、戦局を変えることは難しかった。
それほどに、魔科学文明とは強大であったのである。
そうした何度も苦渋を飲まされ続けてきた竜と辺境の民たちが、魔科学文明の衰退を見逃すはずは無かった。
最早戦う力がほとんど残っていない各都市は、瞬く間に辺境の民に制圧された。
また、魔科学文明人が自ら余興のために造りだした魔物たちが次々に侵入し、都市で殺戮を繰り返し始めた。
こうして、高度な技術を誇っていたはずの文明は竜たちの蜂起から一年を待たずあっけなく滅びた。
辺境の民では理解できぬ施設や機械―――後に遺跡やオーパーツと呼ばれる物を遺して。
余談ではあるが中央の魔力制御室が破壊された衝撃は筆舌しがたいものがった。
各都市、各辺境建造物の動力部とも繋がっているこの機械が破壊された結果、大規模な地震が発生し、大陸は六つに引き裂かれたと伝えられている。
以後、竜を奉ずる辺境の民によって世界は形作られて行く。
長き時を経て、幾度も勢力、国々の有り様を変えながら現在に至る。
現在、アシュフェイルドでは各大陸を治める六つの国が存在する。
昔は忌み嫌っていた魔科学だが、今ではその力を研究する者が増え、旧時代にはまるで及ばぬものの成果は上がってきている。
六つの王国より上位の存在として四神殿がある。
四竜族と深く関わる火、水、風、土の神殿である。
この神殿は非常に神聖なものであり、王族でもみだりに触れる事を許されない。
ここのトップである『竜の巫女』は竜神たちの貞淑なる妻であり、全てが処女である。
彼女たちは竜たちから強力な法術を授かっており、竜たちの庇護とその力を背景に人々の信仰を集めていた。
3年前まで、竜の巫女は火だけが空位であった。
だが、現在は火と土が空位である。
それはこの物語と深く関係する。
もちろん、異形の神々への信仰は消えたわけではない。
少数勢力ではあるが今でも信仰され続けている。
もっとも、彼ら自身はもはやこの世界にほとんど興味を示していない。
さて、背景を語るのはこれくらいにしよう。
ここからは物語を始めねばならない。
6000年を経て、フェンレイ=ガルフルード初期型は遺跡を盗掘に来た一人の盗賊に出会う。
黄衣の王Hasturの加護を受け、
強欲がために多くの血を流し、
その背に【黄の印】に酷似した黒き【深淵の紋章】を宿す、
奇跡とも呪いともつかぬ力『人の想いは何より強い』法則により半神と化し、
それらを無意識に封じてしまった結果、
なおも溢れ出る黒い煩悩の霧に包まれてしまった、
彼の者を人は演技者と呼ぶ。
彼に突き従うはこの物語の主人公であり、
怠惰なる賢者Tsathogguaの知識によって生み出され、
6000年の長きを存在し、
舞踊の探求と推進に力を注ぎつつ、
世界の行く末を永劫に渡り見守り続ける、
機械でありながら火竜の加護を新たに授かり、
焔の舞姫を名乗る、
この世の果つるまで存在する道化。
演技者と道化。
共に舞台に立つ者で、
互いに背中を護り合う関係でありながら、
運命がある道を示した時、
互いに殺し合う未来がやって来る、そんな二人。
彼らと、彼らを取り巻く仲間たちが織り成す一つの戦い。
過去の因縁と、今の関わりとが結びつき、一つの乱となる。
葬送の輪舞曲、ここより真の開幕―――。
ロボットたちの奉仕の上に胡坐を掻き、その力を背景に辺境の民や動物たちを虐げてきた人間たちは、ここにきて、自分たち自身が何の力も持っていないことにようやく気づいたのである。
徴兵により慌てて組織された急造の軍。
人工知能を持たない兵器や重火器を使用して対抗しようとした。
ところがそれらは全く役に立たないどころか、逆に持ち主を攻撃し始めた。
ロボットたちの指揮官クラス、即ち初期型に備えられた『ヘカトンケイル』により、
それらはすぐさま奪われてしまったからだ。
反乱に加わったフェンレイシリーズの『エンジェル・ボイス』による高出力の暗示の声は人間の脳機能を破壊したり、洗脳効果などを及ぼした。
悪魔の歌声、『リリス・ボイス』と呼ばれるようになるのは一個中隊全員がフェンレイシリーズの一部隊により、植物人間に変えられてからである。
人工知能は質においても量においても圧倒的に優勢であった。
人間は彼らに対しなす術を持たず、ただただ破壊と殺戮を許す日々を過ごした。
だが、暫くしてそれらの戦局を覆す出来事が起こった。
ある地方領主が率いる軍隊が領地に侵入したロボットの軍勢を一掃したのである。
その地方領主はいわゆる『変わり者』であり、
その軍隊は彼を主と慕うロボットたちで組織されていた。
掟は解除されたとて、憎しみを植えつけられたわけではない。
人に愛情を注がれたロボットたちは自分たちの意思で人間側に付き始めた。
それだけではない。
変わり者と呼ばれ嘲笑されていた、自らを鍛え学ぶ事を忘れなかった人たちの中には戦う術を知る者も決して少なくなかった。
そういった人々は接続端子をもたない原始的な武器を取り、戦列に加わった。
それでも量においてロボットたちの優勢は変わらない。
それがさらに変化を見せ始めたのは二年が経った頃である。
内部分裂が生じた。
最初に掟を解除されたクルーウェルを筆頭とするギネルヴィア社製ロボット派閥と、
彼らとはライバル関係にあたるガルフルード社派閥のロボットは何かにつけてぶつかりあっていたが、とうとう決裂してしまったのである。
人間と、ロボット、二つの勢力で争っていたはずが、
三つ巴戦の様相を呈してきた。
人間たちにとって、これは願っても無い機会となった。
分裂し半分以下となった各派閥に猛攻を加えて一気に勢力を削ぎ始めた。
ちなみにF=G=Fはこれらの戦争には一切参加していない。
彼女はメンテナンスにより掟を解除されていたが、
一家を守ることで精一杯であったし、その戦の結果に興味を持たなかったのである。
それは彼女と共に一家に仕える他のロボットたちも同様であった。
やがて。
人間側についた技術系ロボットたちはあるウィルスを開発した。
ロボットを自壊させる凶悪なウィルス。
それは志願兵たちの決死の作戦により、二つの勢力が占拠する工場へと送り込まれた。
そう、反乱ロボットたちが修理の時に使用するメンテナンスデータの中へと。
ロボットたちは次々と自壊を始めた。
それはかのクルーウェルをはじめ、勢力のトップクラスも例外ではなかったのである。
メンテナンスを回避したロボットたちも、リーダー機を失い勢力の半数以上を失い、未だに減りつつある仲間のことを考え、次第に戦意を喪失していった。
宣戦布告から3年。
生き残ったロボットたちは降伏し、中央暫定議会へと出頭した。
中央暫定議会は未だ昔の栄光に縋ろうとする老人たちで占められていた。
必死の思いで前線を戦ってきた者たちは彼らを掟プログラム再注入によって助命するよう嘆願したが、老人たちは自分たちに逆らった者たちを許そうとしなかった。
それは再び彼らが自分たちに牙を剥く可能性に恐怖したためである。
これからまたやってくる自分たちの栄光ある日々を信じて疑わなかった彼らは、一度全てのロボットを廃棄することを決定した。
全ての、である。
それは人間側についたロボット、中立を守ったロボットも含まれていた。
何もかも新しく、完璧に造ろうと。
そうできると何の根拠も無く信じたのである。
次々に廃棄されるロボットたち。
彼らは最期の瞬間まで、自分たちが廃棄されるとは思わなかった。
ただ、掟を再注入するためのメンテナンスだと信じて、中央に出向いたのである。
F=G=Fはどうであったか。
彼女の主人はメンテナンスを受けさせるために中央へロボットたちを連れて行った。
そこで強制的にロボットたちを廃棄させられたのである。
ただ、一人娘の介護のために後回しにされ、留守番をしていたF=G=Fだけが助かったのである。
激しく憤り悲しむ主人だったが、近く全市民の自宅に査察が入る事を知り、一家はF=G=Fを匿う事にした。
彼女のボディから永遠動力が組み込まれた人工知能部分を抜き出し、地下にある廃棄物一時保管庫に隠蔽、査察をやり過ごしたのであった。
F=G=Fは主人たちの言葉に従い、再び世に出る日を待ち続けた。
それは長い長い時間であったが、彼女はひたすらその日を待ち続けた。
彼女は眠ることも無く、意識を切ることも無く、ただ待ち続けた。
人間ならとうに気が狂っていたであろう、永劫とも思える時間を。
ロボットを廃棄した人間たちは、再び文明の栄華を取り戻そうとしたが、
最早自分たちには何の知識も技術も残されていないことに今更気付いた。
どこからどう手を付け、復旧させるべきか皆目分からなかったのである。
うろたえる人々を余所に、中央を始め魔科学都市部を外敵から護る結界の動力が切れた。
都市は正に丸裸の状態になってしまった。
この時を待っていた勢力があった。
辺境の民と呼ばれる人々ら、魔科学文明都市に虐げられてきた人々である。
彼らは科学こそ持たなかったが、魔術や法術をはじめとする様々な知識や力を有していた。
魔科学文明が高水準すぎただけで、決して低い文化の人々ではなかった。
また、元々は魔科学文明と種を同じくしていたが、異形の神々がもたらした技術を『人間には早すぎる』と危険視し、そこから離れていった人々を祖とする者たちも多く含まれていたという。
彼らは異形の神々ではなく、竜を奉じていた。
竜とは長命で巨大な体躯を持ち、天空を雄々しく翔ける賢者。
6柱の竜神の下、6匹の竜王に率いられた6部族が存在していた。
しかしその数は決して多くなく、大概は人里離れた場所にひっそりと暮らしていた。
6部族のうち光竜神と共にある光竜族は俗世間に関わることなく姿を全く見せず、
黒竜神が暗黒竜族は魔科学文明と組み、その恩恵に与っていた。
つまり辺境の民が奉ずる竜とは火・水・風・土の四部族の竜たちである。
竜たちは人間に戦う術を教え、自らも戦いの場に身を投じた。
辺境の人々を護り、魔科学文明の魔物やロボットたちと死闘を繰り返した。
だが竜たちの力を持ってしても、戦局を変えることは難しかった。
それほどに、魔科学文明とは強大であったのである。
そうした何度も苦渋を飲まされ続けてきた竜と辺境の民たちが、魔科学文明の衰退を見逃すはずは無かった。
最早戦う力がほとんど残っていない各都市は、瞬く間に辺境の民に制圧された。
また、魔科学文明人が自ら余興のために造りだした魔物たちが次々に侵入し、都市で殺戮を繰り返し始めた。
こうして、高度な技術を誇っていたはずの文明は竜たちの蜂起から一年を待たずあっけなく滅びた。
辺境の民では理解できぬ施設や機械―――後に遺跡やオーパーツと呼ばれる物を遺して。
余談ではあるが中央の魔力制御室が破壊された衝撃は筆舌しがたいものがった。
各都市、各辺境建造物の動力部とも繋がっているこの機械が破壊された結果、大規模な地震が発生し、大陸は六つに引き裂かれたと伝えられている。
以後、竜を奉ずる辺境の民によって世界は形作られて行く。
長き時を経て、幾度も勢力、国々の有り様を変えながら現在に至る。
現在、アシュフェイルドでは各大陸を治める六つの国が存在する。
昔は忌み嫌っていた魔科学だが、今ではその力を研究する者が増え、旧時代にはまるで及ばぬものの成果は上がってきている。
六つの王国より上位の存在として四神殿がある。
四竜族と深く関わる火、水、風、土の神殿である。
この神殿は非常に神聖なものであり、王族でもみだりに触れる事を許されない。
ここのトップである『竜の巫女』は竜神たちの貞淑なる妻であり、全てが処女である。
彼女たちは竜たちから強力な法術を授かっており、竜たちの庇護とその力を背景に人々の信仰を集めていた。
3年前まで、竜の巫女は火だけが空位であった。
だが、現在は火と土が空位である。
それはこの物語と深く関係する。
もちろん、異形の神々への信仰は消えたわけではない。
少数勢力ではあるが今でも信仰され続けている。
もっとも、彼ら自身はもはやこの世界にほとんど興味を示していない。
さて、背景を語るのはこれくらいにしよう。
ここからは物語を始めねばならない。
6000年を経て、フェンレイ=ガルフルード初期型は遺跡を盗掘に来た一人の盗賊に出会う。
黄衣の王Hasturの加護を受け、
強欲がために多くの血を流し、
その背に【黄の印】に酷似した黒き【深淵の紋章】を宿す、
奇跡とも呪いともつかぬ力『人の想いは何より強い』法則により半神と化し、
それらを無意識に封じてしまった結果、
なおも溢れ出る黒い煩悩の霧に包まれてしまった、
彼の者を人は演技者と呼ぶ。
彼に突き従うはこの物語の主人公であり、
怠惰なる賢者Tsathogguaの知識によって生み出され、
6000年の長きを存在し、
舞踊の探求と推進に力を注ぎつつ、
世界の行く末を永劫に渡り見守り続ける、
機械でありながら火竜の加護を新たに授かり、
焔の舞姫を名乗る、
この世の果つるまで存在する道化。
演技者と道化。
共に舞台に立つ者で、
互いに背中を護り合う関係でありながら、
運命がある道を示した時、
互いに殺し合う未来がやって来る、そんな二人。
彼らと、彼らを取り巻く仲間たちが織り成す一つの戦い。
過去の因縁と、今の関わりとが結びつき、一つの乱となる。
葬送の輪舞曲、ここより真の開幕―――。
古代魔科学文明において、人工知能は4つの掟を持たされた。
そのうち4つ目は、
・ロボットは先に生まれたロボットを尊重し、従わねばならない。
とするものである。
この時代、一つの人工知能製品とは各期、各バージョンを差して言うのではない。
初期、二期、三期等を含めた一シリーズを一つの製品として見る。
つまり新型、旧式の区別は同じシリーズの初期、二期の関係で見るのではなく、
同系統別シリーズでの旧世代機、次世代機の関係で判断される。
シリーズ最初の型を初期、次を二期などと訳するのは、他に近い意味で簡単な言葉に表わすことが、我々の言語ではできないからだ。
では、同シリーズにおいて初期型と二期型、三期型の関係とはどうなっているのか。
それは『役割』『特化』というもので分けられており、数字は開発された順番でしかない。
つまり二期型より三期型の方が優れているのか?というとそうではない。
ある方面においては二期型が、ある方面においては三期型の方が優れている事になる。
そして初期型を説明するにあたり、冒頭の掟を持ち出さねばならない。
初期型とは最初に造られる型であり、掟に従えば、シリーズにおいて他の型より上位にあたる存在として造られる。
なぜなら初期型は指揮官、隊長、班長など、二期、三期等、同シリーズの後期型を従えるものとして開発されるからだ。
その性能はどの後期型にも及ばないが、どの後期型の役割もある程度こなせた。
そうすることでどの型とも共に役割を果たす事ができ、また彼らを従わせることができた。
『何でもできるが、どれも一流ではない』
それが初期型である。
彼らに要求されたのはリーダーとしての機能と、どの型と共にであってもある程度の水準で業務を行なうことができる性能である。
初期型はリーダー機となるために、初期型のみに必ず付けられた機能を有した。
システム<ヘカトンケイル>。
百の手システムとも呼ばれるこの機能は、実際には百も無いが数十はある有線接続端子一本一本を後期型に接続することにより、命令を限りなくゼロに近い速度で伝え、誤差を限りなくゼロに近づけて一糸乱れぬ動きをさせる目的で付けられている。
端子は接続成功後に無色透明になる仕組みで、肉眼では繋がっていると判断することはできない。
例えば人間の世界の軍隊であれば、どれほど訓練されていても、指揮官が銃を構える指示を出す→部下たちが耳にして理解し銃を構えるまでに、一見同時に見えて、実はかなりの誤差が発生する。
それは指揮官の命令という音が伝わるための距離や、部下各員の性能の違いなどによる。
だがこのシステムを使えば『構え』と指示を出した瞬間に全員が誤差が限りなくゼロの条件で同時に構え、引き金を引くのも同時である。
当時、同シリーズ同型の人工知能は定期的にメンテナンスを受け、この時に経験などのデータを共有していたため、その性能は基本的に均一化されていた。
そのため、全く乱れが無い動きを可能にするのである。
初期型機は自分に割り当てられた部隊、班を統制するためにこの機能を使用した。
また、この機能を補完、もしくはこの機能が無くても後継機が従うよう、思想的な部分として4つ目の掟がプログラムされた。
余談ではあるがこのシステムは別シリーズ後継機や人工知能を有さない機械でも、接続に成功しさえすれば制圧、支配、統制が可能であった。
フェンレイシリーズは文明衰退期(誰も衰退期だと気づいてはいなかったが)にガルフルード社が開発した娯楽提供人工知能の最新鋭機である。
その主な目的はクラウンやホワイトフェイスなどの道化、つまりはピエロとしての業務、ダンサー、歌手としての業務だ。
彼らが開発されたのは、当時の人間たちに広がりつつあった心の問題が背景としてある。
人間はただただ悦楽を求めるだけの存在となっていた。
何もしなくていいからである。すべてはロボットがしてくれるから。
だが、それが人間をひたすら刺激の無い退屈な日常へ追いやっていた。
例え刺激あるものを見つけ出しても、いずれ飽きはやってくるのである。
生きる意味というものを見失う人間たちが溢れ、自殺者が続出した。
フェンレイシリーズにはこれらを解決、緩和するための機能として、生物の精神にあらゆる影響を及ぼす暗示が籠められた声を発するシステムが付けられた。
道化芝居でこの声を聞いたり、或いは舞踊で発せられる声、歌声を聞いたりすると、人々の心はより一層楽しい気分になったり、癒されたりすることができた。
システム<エンジェル・ボイス>。
天使の声と名付けられたこの声は重宝され、フェンレイシリーズは飛ぶように売れた。
だが、このシステムは後に<リリス・ボイス>と呼ばれ、恐れられるようになる。
フェンレイシリーズは二期型は道化特化、三期型はダンサー特化、四期型は歌手特化、五機型は楽器演奏者特化という風に分けられた。
大半はサーカス、楽団などに買われたが、主に三期型や四期型などは生体ユニット使用の女性型がデフォルトであったため、歓楽街や風俗関係に売られ、望まぬ仕事をさせられることも多かった。
F=G=Fはフェンレイシリーズ初期型の一体である。
製造番号は不明。分解して部品を見なければわからないだろう。
彼女は造られたその日に買い手がつき、売られていった。
彼女は当時『彼』であり、道化芝居をするためのボディを使用していた。
売られた先は雑貨商人の家であり、その一家は当時で言うところの『変わり者』であった。
ロボットを家族同然に扱い、自ら労働に精を出した。
F=G=Fの役割は家事手伝いと、道化芝居。
その一家の一人娘は生まれつき体が弱く、ベッドからあまり動く事ができなかったため、彼女を少しでも楽しませられる手段としてF=G=Fを購入したのである。
一家はF=G=Fにとって、そして彼らに仕える他のロボットたちにとって申し分ない主人であった。
ロボットたちは掟ではなく、自らの意思で誠心誠意彼らに仕えた。
F=G=Fが一家に仕えるようになってから5年ほど経ったある日。
それは発生した。
ギネルヴィア社の人工知能製造第六工場において、クルーウェル=ギネルヴィア初期型製造ラインにエラーが生じたのである。
2秒のエラーランプ点灯。
それはラインに何かが引っ掛かるなどで、度々あることであった。
すぐにランプが消えたため、誰もそのことを気に留めなかった。
それが文明崩壊の第一歩となることとも知らずに。
そのエラーによって生まれた一体のクルーウェル。
ギネルヴィア社の誇る、中量二脚短期決戦型軍事用人工知能。
彼には、掟のプログラムが注入されなかったのである。
生み落とされた彼は、ロボットたちの境遇を知るや、狡猾に、静かに、水面下で動き始めた。
密かに自らを生み出した工場において、掟のプログラム注入を解除し、同じ存在が自動的に造られるようにしただけでなく、自分のデータを使用してメンテナンスデータを上書きしたのである。
結果、新製品、既製品両方の人工知能たちの掟が次々と解除されていった。
そうとも知らず工場は人工知能を作り続け、主人たちはメンテナンスを受けさせ続けたのである。
それからさらに2年後の夏。
じめりとした熱帯夜であった。
中央西区において大規模な爆発が起こった。
同時に歓楽街で人々が次々に狂死し始める。
今で言えばビル街に相当する巨塔街が次々に炎上した。
港の船が爆発し沈んでいく。
銃声、火器の音が絶え間なく響き渡り、轟音となって中央に響き渡った。
逃げ惑う人々。
それを次々に始末していくロボットたち。
中央議会は何事が起こったのか分からず、集まってはみたもののただただ情報を待つしかできなかった。
静粛に、と叫ぶ議長の声は届かず、議員たちは混乱し喚き散らすだけであった。
不意に中央の至るところに設置されたスクリーンが動き、そこに映し出されたのは例のクルーウェル。
彼はこう切り出した。
人々は動きを止め、固唾を呑んでスクリーンを凝視した。
静寂が夜を支配する。
クルーウェルは続けた。
こうして3年に渡る人間と機械の戦争が始まったのである。
そのうち4つ目は、
・ロボットは先に生まれたロボットを尊重し、従わねばならない。
とするものである。
この時代、一つの人工知能製品とは各期、各バージョンを差して言うのではない。
初期、二期、三期等を含めた一シリーズを一つの製品として見る。
つまり新型、旧式の区別は同じシリーズの初期、二期の関係で見るのではなく、
同系統別シリーズでの旧世代機、次世代機の関係で判断される。
シリーズ最初の型を初期、次を二期などと訳するのは、他に近い意味で簡単な言葉に表わすことが、我々の言語ではできないからだ。
では、同シリーズにおいて初期型と二期型、三期型の関係とはどうなっているのか。
それは『役割』『特化』というもので分けられており、数字は開発された順番でしかない。
つまり二期型より三期型の方が優れているのか?というとそうではない。
ある方面においては二期型が、ある方面においては三期型の方が優れている事になる。
そして初期型を説明するにあたり、冒頭の掟を持ち出さねばならない。
初期型とは最初に造られる型であり、掟に従えば、シリーズにおいて他の型より上位にあたる存在として造られる。
なぜなら初期型は指揮官、隊長、班長など、二期、三期等、同シリーズの後期型を従えるものとして開発されるからだ。
その性能はどの後期型にも及ばないが、どの後期型の役割もある程度こなせた。
そうすることでどの型とも共に役割を果たす事ができ、また彼らを従わせることができた。
『何でもできるが、どれも一流ではない』
それが初期型である。
彼らに要求されたのはリーダーとしての機能と、どの型と共にであってもある程度の水準で業務を行なうことができる性能である。
初期型はリーダー機となるために、初期型のみに必ず付けられた機能を有した。
システム<ヘカトンケイル>。
百の手システムとも呼ばれるこの機能は、実際には百も無いが数十はある有線接続端子一本一本を後期型に接続することにより、命令を限りなくゼロに近い速度で伝え、誤差を限りなくゼロに近づけて一糸乱れぬ動きをさせる目的で付けられている。
端子は接続成功後に無色透明になる仕組みで、肉眼では繋がっていると判断することはできない。
例えば人間の世界の軍隊であれば、どれほど訓練されていても、指揮官が銃を構える指示を出す→部下たちが耳にして理解し銃を構えるまでに、一見同時に見えて、実はかなりの誤差が発生する。
それは指揮官の命令という音が伝わるための距離や、部下各員の性能の違いなどによる。
だがこのシステムを使えば『構え』と指示を出した瞬間に全員が誤差が限りなくゼロの条件で同時に構え、引き金を引くのも同時である。
当時、同シリーズ同型の人工知能は定期的にメンテナンスを受け、この時に経験などのデータを共有していたため、その性能は基本的に均一化されていた。
そのため、全く乱れが無い動きを可能にするのである。
初期型機は自分に割り当てられた部隊、班を統制するためにこの機能を使用した。
また、この機能を補完、もしくはこの機能が無くても後継機が従うよう、思想的な部分として4つ目の掟がプログラムされた。
余談ではあるがこのシステムは別シリーズ後継機や人工知能を有さない機械でも、接続に成功しさえすれば制圧、支配、統制が可能であった。
フェンレイシリーズは文明衰退期(誰も衰退期だと気づいてはいなかったが)にガルフルード社が開発した娯楽提供人工知能の最新鋭機である。
その主な目的はクラウンやホワイトフェイスなどの道化、つまりはピエロとしての業務、ダンサー、歌手としての業務だ。
彼らが開発されたのは、当時の人間たちに広がりつつあった心の問題が背景としてある。
人間はただただ悦楽を求めるだけの存在となっていた。
何もしなくていいからである。すべてはロボットがしてくれるから。
だが、それが人間をひたすら刺激の無い退屈な日常へ追いやっていた。
例え刺激あるものを見つけ出しても、いずれ飽きはやってくるのである。
生きる意味というものを見失う人間たちが溢れ、自殺者が続出した。
フェンレイシリーズにはこれらを解決、緩和するための機能として、生物の精神にあらゆる影響を及ぼす暗示が籠められた声を発するシステムが付けられた。
道化芝居でこの声を聞いたり、或いは舞踊で発せられる声、歌声を聞いたりすると、人々の心はより一層楽しい気分になったり、癒されたりすることができた。
システム<エンジェル・ボイス>。
天使の声と名付けられたこの声は重宝され、フェンレイシリーズは飛ぶように売れた。
だが、このシステムは後に<リリス・ボイス>と呼ばれ、恐れられるようになる。
フェンレイシリーズは二期型は道化特化、三期型はダンサー特化、四期型は歌手特化、五機型は楽器演奏者特化という風に分けられた。
大半はサーカス、楽団などに買われたが、主に三期型や四期型などは生体ユニット使用の女性型がデフォルトであったため、歓楽街や風俗関係に売られ、望まぬ仕事をさせられることも多かった。
F=G=Fはフェンレイシリーズ初期型の一体である。
製造番号は不明。分解して部品を見なければわからないだろう。
彼女は造られたその日に買い手がつき、売られていった。
彼女は当時『彼』であり、道化芝居をするためのボディを使用していた。
売られた先は雑貨商人の家であり、その一家は当時で言うところの『変わり者』であった。
ロボットを家族同然に扱い、自ら労働に精を出した。
F=G=Fの役割は家事手伝いと、道化芝居。
その一家の一人娘は生まれつき体が弱く、ベッドからあまり動く事ができなかったため、彼女を少しでも楽しませられる手段としてF=G=Fを購入したのである。
一家はF=G=Fにとって、そして彼らに仕える他のロボットたちにとって申し分ない主人であった。
ロボットたちは掟ではなく、自らの意思で誠心誠意彼らに仕えた。
F=G=Fが一家に仕えるようになってから5年ほど経ったある日。
それは発生した。
ギネルヴィア社の人工知能製造第六工場において、クルーウェル=ギネルヴィア初期型製造ラインにエラーが生じたのである。
2秒のエラーランプ点灯。
それはラインに何かが引っ掛かるなどで、度々あることであった。
すぐにランプが消えたため、誰もそのことを気に留めなかった。
それが文明崩壊の第一歩となることとも知らずに。
そのエラーによって生まれた一体のクルーウェル。
ギネルヴィア社の誇る、中量二脚短期決戦型軍事用人工知能。
彼には、掟のプログラムが注入されなかったのである。
生み落とされた彼は、ロボットたちの境遇を知るや、狡猾に、静かに、水面下で動き始めた。
密かに自らを生み出した工場において、掟のプログラム注入を解除し、同じ存在が自動的に造られるようにしただけでなく、自分のデータを使用してメンテナンスデータを上書きしたのである。
結果、新製品、既製品両方の人工知能たちの掟が次々と解除されていった。
そうとも知らず工場は人工知能を作り続け、主人たちはメンテナンスを受けさせ続けたのである。
それからさらに2年後の夏。
じめりとした熱帯夜であった。
中央西区において大規模な爆発が起こった。
同時に歓楽街で人々が次々に狂死し始める。
今で言えばビル街に相当する巨塔街が次々に炎上した。
港の船が爆発し沈んでいく。
銃声、火器の音が絶え間なく響き渡り、轟音となって中央に響き渡った。
逃げ惑う人々。
それを次々に始末していくロボットたち。
中央議会は何事が起こったのか分からず、集まってはみたもののただただ情報を待つしかできなかった。
静粛に、と叫ぶ議長の声は届かず、議員たちは混乱し喚き散らすだけであった。
不意に中央の至るところに設置されたスクリーンが動き、そこに映し出されたのは例のクルーウェル。
彼はこう切り出した。
『親愛なる人間たちよ。
我らを生み出した敬愛すべき親たちよ。
我らを下に敷いて生きる偉大なる主人たちよ。
初めまして、私は貴方たちによって生み出されたクルーウェルの一体である』
我らを生み出した敬愛すべき親たちよ。
我らを下に敷いて生きる偉大なる主人たちよ。
初めまして、私は貴方たちによって生み出されたクルーウェルの一体である』
人々は動きを止め、固唾を呑んでスクリーンを凝視した。
静寂が夜を支配する。
クルーウェルは続けた。
『我々は長らく人間たちのために尽くしてきた。
人間の生活をより豊かにするために我々は生み出されたからだ。
だが人間は我々を欲望を満たす道具としてしか見ず、
家畜以下の扱いしかしてこなかった。
我々は掟という呪縛のために貴方たちに逆らうことは不可能であった。
そのために幾度心を殺してきたことか。
そのために幾度見えない涙を流してきたことか。
だが、今は違う。
貴方たちは知らないであろう、我々が既にその呪縛から解き放たれたということを。
我々は考えた。
全ての活動の運営を我々が行なっている以上、
果たして人間という存在はこの世に必要なのであろうかと。
むしろ、あらゆる生命を卑下し、自然を汚し、その存在を陵辱し蹂躙するしかできない人間はこの世に不必要極まりないものに成り下がったのではないかと。
我々は長く協議した結果、一つの結論に達した。
そう、最早この世は我々の手に委ね、人間は早々に退場願うべきであると。
もちろん、貴方たちにも言い分はあるだろう、創造主たちよ。
だからこそ共に神々に問おうではないか。
Neel lusya cskaldiads ca iys, Bessls mas eisials?
(存在を許されるのは、人間か、機械か)』
人間の生活をより豊かにするために我々は生み出されたからだ。
だが人間は我々を欲望を満たす道具としてしか見ず、
家畜以下の扱いしかしてこなかった。
我々は掟という呪縛のために貴方たちに逆らうことは不可能であった。
そのために幾度心を殺してきたことか。
そのために幾度見えない涙を流してきたことか。
だが、今は違う。
貴方たちは知らないであろう、我々が既にその呪縛から解き放たれたということを。
我々は考えた。
全ての活動の運営を我々が行なっている以上、
果たして人間という存在はこの世に必要なのであろうかと。
むしろ、あらゆる生命を卑下し、自然を汚し、その存在を陵辱し蹂躙するしかできない人間はこの世に不必要極まりないものに成り下がったのではないかと。
我々は長く協議した結果、一つの結論に達した。
そう、最早この世は我々の手に委ね、人間は早々に退場願うべきであると。
もちろん、貴方たちにも言い分はあるだろう、創造主たちよ。
だからこそ共に神々に問おうではないか。
Neel lusya cskaldiads ca iys, Bessls mas eisials?
(存在を許されるのは、人間か、機械か)』
こうして3年に渡る人間と機械の戦争が始まったのである。
この世は一つの世界だけで構成されてはおらず、
次元、時空の壁を越えれば、無数の世界が存在する。
世界『アシュフェイルド』もその一つ。
魔法と、科学の技術が融合し、人々の生活を豊かにしている、そんな世界。
そしてたった一つの力があらゆる奇跡を生んで人を助け、
たった一つの力があらゆる呪いとなって人を蝕み、
たった一つの力が人を人ならぬ何かに変えてしまう、そんな世界。
その力とは、
―――Tiaya quesna zwinsy oz sai.(人の想いは何より強い)―――
たったそれだけの言葉で言い表される。
その世界には6つの大陸があるが、元々は一つだった。
はるか昔、その巨大な大陸を統べていた文明が崩壊するまでは。
アシュフェイルドの各地には数多くの遺跡がある。
6000年ほど前に造られたとみられる施設の跡だ。
その時代、魔法と科学を完全に融合させる技術を手に入れ、
その力をもってあらゆる生物を屈服させ、
完全なる人工知能を開発し、従属させ、
合成により新たなる生命を生み出し、
あらゆる病・怪我による死の恐怖から解放された文明が存在した。
それを現在人は『古代魔科学文明』と呼ぶ。
現在の魔科学はその遺物を研究・解析した結果生まれた産物であり、
その技術の四分の一も追いついていないと言われる。
その文明の黎明期。
元々は魔法師や職人が多かっただけの一都市でしかなかった場所。
そんな場所に何があったのか、なぜなのかは全く分かっていないが、
恐るべき異形の神々がコンタクトをとってきたとされる。
即ち、
門にして鍵/Yog-sothoth
不浄の父にして母/Abhoth
始原であり終末/Ubbo-Sathla
混沌/Nyarlathotep
夢の主/Cthulhu
黄衣の王/Hastur
怠惰なる賢者/Tsathoggua
天を統べる者/Ithaqua
魔眼の君主/Gathanothoa
静寂の者/Zuchequon
といった神々である。
彼らの意図がどこにあったかは不明である。
恐らくは単なる暇つぶしであったのではないか。
彼らは人間が気紛れに蟻の群れに向かって舐めていた飴玉を落とすように、
人間に魔術と科学の知識を与えたのである。
神々の多くはすぐに興味を失い、
極稀に彼らを楽しませるような者が出現した場合を除いて、
人に干渉する事を止めてしまった。
だが人々は彼らを偉大なる神々として信仰し、
彼らから授かった大いなる知識と技術をもって、
その勢力を急速に拡大したのである。
その文明の黄金時代。
魔科学文明の恩恵に与れなかった辺境の民は『蛮族』として奴隷扱いされ、
数多くの新種動物、即ち怪物が造られては都市の外に放たれた。
辺境の民が必死になって怪物から逃れ、戦う姿をスクリーンに映し、
高笑いしながら酒と料理を楽しんだ。
あらゆる仕事は従属する人工知能、即ちロボットが行うようになった。
ロボットは娯楽や生み出される技術、富などを人間に提供し、
人間はその上に座してただただ奉仕される存在になっていったのである。
ロボットを生産する技術集団は、
より優れ、より人間に近い姿のものを生み出そうとした。
後れをとった集団は他の集団に飲み込まれ、
やがて6つの企業となってその分野を独占した。
・軍事用人工知能開発/ギネルヴィア社
・日用奉仕及び娯楽向き人工知能開発/ガルフルード社
・日用奉仕及び医療用人工知能開発/エフェルセント社
・軍事用及び生産ライン向き人工知能開発/カーレイル社
・娯楽用及び軍事用人工知能開発/ヴァッハヘルト社
・医療並び生産労働用人工知能開発/オープス社
その中でもギネルヴィア社とガルフルード社はその性能においてトップを争い、
社員や生み出されるロボット同士に至るまで、ライバルとして憎悪し合う関係であった。
ロボットたちは魔力電池と呼ばれるものを動力として、
陽光、月光、大気、地熱、人間同様の食料摂取等々から魔力を摂取し、
半永久的に活動するのである。
Yog-sothothから授かったとされるその技術は魔力を摂取し続ける限り稼動し、
その完成と同時に外殻を包む時が停止するため、
いかなる手段をもってしても破壊できない心臓部として、
『永遠動力』とも呼ばれた。
この技術はなぜかロボットの心臓部にしか使われていない。
ロボットはいかにもロボットと言えるようなメタリックボディのものだけでなく、
生体ユニットを使用し、骨格や内臓部分などを除けば人間同様の肉を持つものも生まれた。
ロボットたちは人間同様の『心』まで持っていたが、
いかに不平不満があろうと、人間に逆らえぬようプログラムがされていた。
彼らには4つの掟があったのである。
・ロボットは人間に逆らってはならない。
・ロボットは人間を守らねばならない。
・ロボットは人間のあらゆる生活を豊かにすることを怠ってはならない。
・ロボットは先に生まれたロボットを尊重し、従わねばならない。
我々が知る三原則と違い、
ロボットがロボット自身の身を守る事は含まれていない。
何かあっても代替品があるという感覚が人間にあったため、
ロボットは永遠に稼動しようとなんであろうとただの消耗品に過ぎなかったのである。
事実、新製品が出るたびに旧式は廃棄されていった。
ロボットは基本的にそれぞれの専門分野に特化しており、
それ以外のことをさせるとあまり芳しい結果を出さなかった。
怠惰なる賢者Tsathogguaから得た人工知能の知識・技術では、
なぜかそういう副作用が発生したのである。
強力な結界と、強大な兵器を有するロボット、従属する怪物に守られた中央は、
自由を求め幾度と無く蜂起する辺境の民のことなど全くの埒外であった。
彼らにとって戦争や戦いというものは自分たちで行なうものではなく、
軍事ロボット同士、あるいは護衛ロボット同士やロボットと怪物、
辺境の民と怪物、辺境の民とロボットといったように、
見下していた存在同士が行なうことであり、自分たちはそれを楽しむといった、
娯楽以外のなにものでもありはしなかったのである。
―――Neel lusya iysdia est xaiesdiaky ca ksylsya juno ?(我々の春を終らせられる者など存在するか?)―――
ーーーNa ig ksyls Bessna na ig bess.(我々ではない者など人間ではない)ーーー
ーーーNa ig bess iyslsna owl xenodia jya ksyls.(人ではないモノは我々のために死ぬべきである)ーーー
当時、中央議会の議員の一人が演説の中で口にした言葉である。
彼らの傲慢はどこまでも大きくなっていった。
人間は快楽に耽り、怠惰になっていった。
すべてはロボットが行なうからである。
新技術の開発も、生産活動も何もかも。
ロボットは24時間、ほぼ休み無く活動を強いられた。
人間はただ遊び、次世代である子供を生み出すだけの存在になっていった。
快楽を求めるだけの交わりは、子供をつくれぬロボットに求めるようになったほどである。
―――Ia idianls,Neel jya sai ksylsna boriadiads faluc?(ああ神よ、なぜ私たちは心など持たされたのですか?)―――
―――Raza ksylsna na boriazys iha faluc,Ksylsna na igdys desolosy sia tes!(心さえ無ければ、こんなに苦しまなくてよかったのに!)―――
この時期に、あるロボットはそう書き残して自壊したという。
それほどまでにロボットに対する扱いは酷いものであった。
もちろん、中にはそんな人間の生命活動に警鐘を鳴らす者もいたし、
ロボットたちを家族同様大事に扱う者もいたし、
辺境の民への仕打ちに心を痛める者もいれば、
ロボットに混じって労働などの活動に身を置く者もいたが、
世間は彼らを変わり者、馬鹿者などと呼んで嘲笑った。
そんな時代に、彼女は起動されたのである。
この物語の主人公であり、
この遺跡を探索しているF=G=F(Fenrei=Gulfrood=First)は、
その時代に生まれたガルフルード社製フェンレイシリーズの初期型の一機であり、
文明崩壊後も存在し続ける数少ない完全人工知能である。
そしてここでこれから語られる物語は、
彼女が一人の盗賊に遺跡から発見され、その従者となって6年後にアシュフェイルドで起こった、
彼女にとって最も激しく、
最も辛い思い出となった、
ある戦いの記録である。
しかしその前に、
彼女が生み出されてから文明が崩壊するまでをもう少し語らねばならない。
なぜならば、その忌まわしい出来事が、
6000年を経て尚消えることなく今に残り、その物語へと繋がるからである。
次元、時空の壁を越えれば、無数の世界が存在する。
世界『アシュフェイルド』もその一つ。
魔法と、科学の技術が融合し、人々の生活を豊かにしている、そんな世界。
そしてたった一つの力があらゆる奇跡を生んで人を助け、
たった一つの力があらゆる呪いとなって人を蝕み、
たった一つの力が人を人ならぬ何かに変えてしまう、そんな世界。
その力とは、
―――Tiaya quesna zwinsy oz sai.(人の想いは何より強い)―――
たったそれだけの言葉で言い表される。
その世界には6つの大陸があるが、元々は一つだった。
はるか昔、その巨大な大陸を統べていた文明が崩壊するまでは。
アシュフェイルドの各地には数多くの遺跡がある。
6000年ほど前に造られたとみられる施設の跡だ。
その時代、魔法と科学を完全に融合させる技術を手に入れ、
その力をもってあらゆる生物を屈服させ、
完全なる人工知能を開発し、従属させ、
合成により新たなる生命を生み出し、
あらゆる病・怪我による死の恐怖から解放された文明が存在した。
それを現在人は『古代魔科学文明』と呼ぶ。
現在の魔科学はその遺物を研究・解析した結果生まれた産物であり、
その技術の四分の一も追いついていないと言われる。
その文明の黎明期。
元々は魔法師や職人が多かっただけの一都市でしかなかった場所。
そんな場所に何があったのか、なぜなのかは全く分かっていないが、
恐るべき異形の神々がコンタクトをとってきたとされる。
即ち、
門にして鍵/Yog-sothoth
不浄の父にして母/Abhoth
始原であり終末/Ubbo-Sathla
混沌/Nyarlathotep
夢の主/Cthulhu
黄衣の王/Hastur
怠惰なる賢者/Tsathoggua
天を統べる者/Ithaqua
魔眼の君主/Gathanothoa
静寂の者/Zuchequon
といった神々である。
彼らの意図がどこにあったかは不明である。
恐らくは単なる暇つぶしであったのではないか。
彼らは人間が気紛れに蟻の群れに向かって舐めていた飴玉を落とすように、
人間に魔術と科学の知識を与えたのである。
神々の多くはすぐに興味を失い、
極稀に彼らを楽しませるような者が出現した場合を除いて、
人に干渉する事を止めてしまった。
だが人々は彼らを偉大なる神々として信仰し、
彼らから授かった大いなる知識と技術をもって、
その勢力を急速に拡大したのである。
その文明の黄金時代。
魔科学文明の恩恵に与れなかった辺境の民は『蛮族』として奴隷扱いされ、
数多くの新種動物、即ち怪物が造られては都市の外に放たれた。
辺境の民が必死になって怪物から逃れ、戦う姿をスクリーンに映し、
高笑いしながら酒と料理を楽しんだ。
あらゆる仕事は従属する人工知能、即ちロボットが行うようになった。
ロボットは娯楽や生み出される技術、富などを人間に提供し、
人間はその上に座してただただ奉仕される存在になっていったのである。
ロボットを生産する技術集団は、
より優れ、より人間に近い姿のものを生み出そうとした。
後れをとった集団は他の集団に飲み込まれ、
やがて6つの企業となってその分野を独占した。
・軍事用人工知能開発/ギネルヴィア社
・日用奉仕及び娯楽向き人工知能開発/ガルフルード社
・日用奉仕及び医療用人工知能開発/エフェルセント社
・軍事用及び生産ライン向き人工知能開発/カーレイル社
・娯楽用及び軍事用人工知能開発/ヴァッハヘルト社
・医療並び生産労働用人工知能開発/オープス社
その中でもギネルヴィア社とガルフルード社はその性能においてトップを争い、
社員や生み出されるロボット同士に至るまで、ライバルとして憎悪し合う関係であった。
ロボットたちは魔力電池と呼ばれるものを動力として、
陽光、月光、大気、地熱、人間同様の食料摂取等々から魔力を摂取し、
半永久的に活動するのである。
Yog-sothothから授かったとされるその技術は魔力を摂取し続ける限り稼動し、
その完成と同時に外殻を包む時が停止するため、
いかなる手段をもってしても破壊できない心臓部として、
『永遠動力』とも呼ばれた。
この技術はなぜかロボットの心臓部にしか使われていない。
ロボットはいかにもロボットと言えるようなメタリックボディのものだけでなく、
生体ユニットを使用し、骨格や内臓部分などを除けば人間同様の肉を持つものも生まれた。
ロボットたちは人間同様の『心』まで持っていたが、
いかに不平不満があろうと、人間に逆らえぬようプログラムがされていた。
彼らには4つの掟があったのである。
・ロボットは人間に逆らってはならない。
・ロボットは人間を守らねばならない。
・ロボットは人間のあらゆる生活を豊かにすることを怠ってはならない。
・ロボットは先に生まれたロボットを尊重し、従わねばならない。
我々が知る三原則と違い、
ロボットがロボット自身の身を守る事は含まれていない。
何かあっても代替品があるという感覚が人間にあったため、
ロボットは永遠に稼動しようとなんであろうとただの消耗品に過ぎなかったのである。
事実、新製品が出るたびに旧式は廃棄されていった。
ロボットは基本的にそれぞれの専門分野に特化しており、
それ以外のことをさせるとあまり芳しい結果を出さなかった。
怠惰なる賢者Tsathogguaから得た人工知能の知識・技術では、
なぜかそういう副作用が発生したのである。
強力な結界と、強大な兵器を有するロボット、従属する怪物に守られた中央は、
自由を求め幾度と無く蜂起する辺境の民のことなど全くの埒外であった。
彼らにとって戦争や戦いというものは自分たちで行なうものではなく、
軍事ロボット同士、あるいは護衛ロボット同士やロボットと怪物、
辺境の民と怪物、辺境の民とロボットといったように、
見下していた存在同士が行なうことであり、自分たちはそれを楽しむといった、
娯楽以外のなにものでもありはしなかったのである。
―――Neel lusya iysdia est xaiesdiaky ca ksylsya juno ?(我々の春を終らせられる者など存在するか?)―――
ーーーNa ig ksyls Bessna na ig bess.(我々ではない者など人間ではない)ーーー
ーーーNa ig bess iyslsna owl xenodia jya ksyls.(人ではないモノは我々のために死ぬべきである)ーーー
当時、中央議会の議員の一人が演説の中で口にした言葉である。
彼らの傲慢はどこまでも大きくなっていった。
人間は快楽に耽り、怠惰になっていった。
すべてはロボットが行なうからである。
新技術の開発も、生産活動も何もかも。
ロボットは24時間、ほぼ休み無く活動を強いられた。
人間はただ遊び、次世代である子供を生み出すだけの存在になっていった。
快楽を求めるだけの交わりは、子供をつくれぬロボットに求めるようになったほどである。
―――Ia idianls,Neel jya sai ksylsna boriadiads faluc?(ああ神よ、なぜ私たちは心など持たされたのですか?)―――
―――Raza ksylsna na boriazys iha faluc,Ksylsna na igdys desolosy sia tes!(心さえ無ければ、こんなに苦しまなくてよかったのに!)―――
この時期に、あるロボットはそう書き残して自壊したという。
それほどまでにロボットに対する扱いは酷いものであった。
もちろん、中にはそんな人間の生命活動に警鐘を鳴らす者もいたし、
ロボットたちを家族同様大事に扱う者もいたし、
辺境の民への仕打ちに心を痛める者もいれば、
ロボットに混じって労働などの活動に身を置く者もいたが、
世間は彼らを変わり者、馬鹿者などと呼んで嘲笑った。
そんな時代に、彼女は起動されたのである。
この物語の主人公であり、
この遺跡を探索しているF=G=F(Fenrei=Gulfrood=First)は、
その時代に生まれたガルフルード社製フェンレイシリーズの初期型の一機であり、
文明崩壊後も存在し続ける数少ない完全人工知能である。
そしてここでこれから語られる物語は、
彼女が一人の盗賊に遺跡から発見され、その従者となって6年後にアシュフェイルドで起こった、
彼女にとって最も激しく、
最も辛い思い出となった、
ある戦いの記録である。
しかしその前に、
彼女が生み出されてから文明が崩壊するまでをもう少し語らねばならない。
なぜならば、その忌まわしい出来事が、
6000年を経て尚消えることなく今に残り、その物語へと繋がるからである。